心を豊かにする坂詰美紗子のラヴ・ソング

まるでドラマの脚本家のように、ちょっとしたアイディアやキーワードから恋愛世界を広げて楽曲を書き、歌い聴かせてくれる。坂詰美紗子は実際にTVドラマを見終わった後に、自分がイメージしたドラマに合う曲をサッと書き上げてしまうこともあるそうだから、その才能は天性のものなのだろう。アーティストとしてデビューする前からソングライターとしての才能を買われ、すでに彼女の歌はCrystal KayやBoAなどに歌われてきた。たとえば、クリエイティヴィティとは坂詰美紗子の才能を指すのではないだろうか。

ソウル・ミュージックが大好きという父親の影響を受け、そして横須賀というアメリカの音楽をいち早く耳にできる環境に生まれ育ち、幼少の頃から“音楽が在るのが当たり前”という生活を送ってきた。ピアノは幼稚園児の頃から弾き始め、その時から自分で作曲するのが好きだったという。現在の一番のパートナーは鍵盤楽器の赤いウーリッツァー。これは、敬愛するダニー・ハサウェイの愛用楽器として知られるものだ。

このアルバム『恋の誕生日』には、坂詰美紗子のオリジナル曲を8曲収録している。インディーズ時代に発表したアルバム『Soul Dishes』(2007年)が好評だったとはいえ、メジャー・デビューがシングル曲ではなく、いきなり8曲入りミニアルバムというのは、何と大胆! しかも、レパートリー曲が限りなくあるため、今現在の自信作8曲を収録していると話す。

「恋の誕生日」や「ツンデレ」、そしてインディーズ時代から人気の歌「可愛くなくても譲れない」の続編である「可愛くなくても譲れない〜其の2〜友達の紹介編」は、まさに坂詰美紗子ならではの軽快なナンバー。一方、「幸せの待ち合わせ場所」では、これまで自分の個人的な思いを歌に込めることはなかったものの、懐かしさを感じさせるメロディの曲を書きたいと思っているうちに、“夢”について書きたくなり、そこに自分の思いを重ねたという。

ストーリーテラーとしての曲作りを楽しんでいる坂詰美紗子は、それそれの曲に違うキャラクターを持つ女性を描く。それは、人が1人1人違う性格を持ち、異なった人生を歩んでいるように、1人でも多くの人が自分の歌に共感してもらえるように、いろいろな女性や恋愛を描いていきたいからだそうだ。「誰もが日常の中で見過ごしてしまいそうな大切なことを歌っていきたい」と言い、「現実味のある歌詞を歌いながら、私の歌を聴いてちょっと笑ってもらえるようなウィットやユーモアを盛り込んでいきたい」とも話す。「一生に一度の大好き」といった曲名からもわかるように、どこか私小説風の歌詞も彼女の作品の魅力のひとつだ。そして「楽しいことを考えるのが大好き」という彼女は、自分の世界にこもっているようでいて、妄想を楽しんでいるようでいて、実はじっくりと人を観察しながら、心に必要なことを歌に込めていく。

ソングライターとしての魅力についてばかり書いてきたが、最初に彼女の歌を聴いて魅せられたのは、ヴォーカルの素晴らしさだった。1曲1曲その歌の世界に入り込んで歌っているといい、それはヴェルヴェットのような艶やかなヴォーカルから、軽やかなハイトーンまで1つの曲の中で自在に歌の表情が変化する。またラストの曲「そっと」は、情感熱いしっとりしたスウィート・ヴォイスで歌い上げている。その力量の素晴らしさに、何度もくり返し聴きたくなるほどだ。

浮かんできたメロディに合った歌詞を書く時もあれば、キーワードから曲と歌詞のイメージが同時に浮かぶことも多いという。坂詰美紗子は鍵盤に向かった時点でソングライターとなり、歌い出すと同時にアレンジャーにもプロデューサーにも変わってゆく。そして時には、曲のアイディアには企画力までも発揮してしまう。鍵盤を前にして、彼女のクリエイティヴィティは水を得た魚のように広がりはじめる。現在24歳。坂詰美紗子がこれからどんな素敵なストーリーを歌い聴かせてくれるか、とても楽しみにしていたい。

伊藤なつみ